鈴神楽の練習がありました

昨晩、ふと東の空を見ると不思議なものが。

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正体は月でした。

今日も一日秋祭りに向けて準備をしました。
ご本殿や拝殿の掃除、紙垂(しで)の付け替えなどなど。作業はたくさんあります。
この時期はクモが巣を張っるので掃除はたいへんです。

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秋祭りまでの間、境内の素鵞神社(天王さん)の拝殿には神輿を安置しているのですが、三輪田米山が書いた額が掲げられています。
お参りの際にぜひご覧くださいね。

夜には、秋祭りで奉納される鈴神楽の練習がありました。

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今日の練習が最後となります。
巫女さんたちは一所懸命に練習に励んでいました。

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いよいよ秋祭り!!

今日は体育の日でした。
皆さんご存知のように、体育の日は昭和39年(1964)の東京オリンピックの開会式が行われたのを記念して国民の祝日にしたことに由来しています。
2020年はふたたび東京でオリンピックが開催される予定。今から楽しみですね!

「寒露(かんろ)」を過ぎたとはいえ、今日は夏日となりました。
今日は神輿磨きが行われ、大小の神輿や御羽車(おはぐるま)が出され、一年ぶりにきれいに磨かれていよいよ秋祭りの雰囲気となりました。

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神輿磨きに参加した人びとも一年ぶりに神輿と再会して、たいへん嬉しそうにしていました。

先日、一足先に松山では秋祭りが行われました。今年は「愛媛国体」と重なったこともあり、大いに賑わったようです。

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松前地方の秋祭りは、10月13日の宵宮にはじまり、14日の祭典、15日の神輿渡御で締めくくられます。

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神輿渡御は一年に一度、神さまが神輿に乗られて氏子地域をまわり、氏子の皆さんとともに豊穣を祝われる大切なお祭りです。

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神輿の上の鳳凰には収穫された稲穂がつけられています。

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ここで一句。

  「高忍の 神の社の気高さに 詣る人の 心安らぐ」

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日尾八幡神社

今日は愛媛県神道青年会の「観月神楽」がありました。
今回の会場は、松山市鷹子町鎮座の日尾八幡神社でした。
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この企画は毎年この時期に行われますが、雅楽や神楽など普段あまり接することがない催しです。
毎年会場が変わります。
当社からは禰宜と権禰宜が参加しました。
禰宜は鞨鼓(かっこ)という打楽器を、権禰宜は篳篥(ひちりき)という管楽器を演奏しました。
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日尾八幡神社は、書家の三輪田米山(みわだべいざん)の神社としても有名です。
高忍日賣神社にも米山書の社号標や扁額などがありご縁を感じた、と報告がありました。

ご縁というものはたいへん不思議なものですね。

先祖のはなし

彼岸花が綺麗に咲く時期になりました。
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最近「終活」という言葉を耳にするようになりました。
「就活」をもじったもので、人生の最期を自分らしく締めくくるための活動のことです。お葬式のことや相続のことなどを予め決めておくことを指します。
お葬式も多様化して、神式や仏式、キリスト教式以外にもさまざまな形式があります。

先日、ロボットのPepperがお坊さんの格好をして木魚を叩きながらお経を読んでいる姿がニュースで紹介されていました。
「IT葬儀」というものをある企業が開発したそうです。
デジタル化が進んでいるとはいえ、その映像になんとも言いようのないものがこみあげてきました。
ロボットですから「無」の境地であることは間違いないですが、読経や説法ができるとは・・・
度胸がありますね。

お葬式といえば仏教だけのもののように思われがちですが、神道でもお葬式を行います。これを神葬祭(しんそうさい)といいます。
もともと神道や儒教では喪主以下の人びとが自ら葬儀を執り行っていました。それが明治時代に入り禁止され、神職が喪主の代わりに葬儀を行うようになりました。
ですから、神道では喪主の気持ちに寄り添った「自葬」の精神で神職が奉仕するのです。
決してロボットなどに頼らない、人の心が通ったお葬式をしているわけです。

日本人の祖先まつりは、もともと神道式で行っていたのが、仏教伝来以降、いつのころからか仏式の祭儀や法要などが盛んになりました。
例えば、春秋のお彼岸やお盆などに祖先の御霊をまつりますが、それはもともと神道で行っていたものです。

神道では、人が亡くなるとその御霊は位牌に相当する霊璽(れいじ)に遷され、家のご先祖の御霊舎(みたまや)にまつられ、一家の守護神となって子孫の繁栄と幸福を見守っているとされています。
大切な人との別れはたいへん悲しいことです。
しかし、いつも身近に見守ってくれているのです。

伊勢神宮外宮の神職だった中西直方は『死道百首』の中で、

  日の本に 生まれ出でにし益人は 神より出でて 神に入るなり

と詠んでいます。

祖先の神々から生まれ出て、亡くなるとまた祖先の神々の元に戻っていく。日本人の死生観をよく表している和歌です。
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私たちの祖先は決して遠いところに去ってしまうのではなく、いつも氏神さまとともに見守ってくださっているのです。

青葉幼稚園の稲刈りがありました

昨日に引き続いて、今日は隣の青葉幼稚園の稲刈りに行って来ました。

園児たちと一緒に鎌を使い収穫します。

昨晩雨が少し降りましたが、今日は快晴で汗ばむほどでした。園児たちは稲刈りを楽しんでいました。
茶道の千利休は「家は洩らぬ程、食事は飢えぬ程にて足る事なり」と言っています。
「飽食の時代」といわれる昨今ですが、こうした体験をすることにより、豊かな心を育むことにつながることでしょう。
プロフィール

高忍日賣神社宮司

Author:高忍日賣神社宮司
全国唯一、産婆・乳母の祖神をお祀りする高忍日賣(たかおしひめ)神社宮司のブログ。愛媛県伊予郡松前町徳丸鎮座。
宮司がふと思ったことや日常の出来事など、あまり気張らずに書いております。

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